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(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 9月16日(土)10時45分40秒
  長袖インナー ズボン 靴下 アウター手袋 予備手袋 雨具 ゲイター 毛帽子 着替え 靴 ザック アイゼン ピッケル 昼ご飯 行動食 非常食 飲料 水筒(保温性) ガスカートリッジ コンロ コッヘル ライター ヘッドランプ 筆記用具 ロールペーパー 携帯 時計 タオル カメラ テント シェラフ
備考
雪目防止のサングラスを持っていけばよかった
 
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 9月15日(金)18時22分16秒
  2017-09-14 15:06 Kamihukune

トラック数? 1
ポイント数? 342

平面距離?  8.0km
沿面距離?  8.5km
記録時間? ? 05:57:16

最高高度? 1650m
最低高度? 690m

累計高度(+) 1168m
累計高度(-) 1153m

平均速度? ? 1.3km/h
最高速度? ? 10.6km/h
 

(無題)

 投稿者:w  投稿日:2017年 9月10日(日)12時39分44秒
  あらすじ[編集]
屑屋で正直者の清兵衛が、清正公様の脇を「屑ぃ、お払い」と流し歩いていると、なりは粗末なものの器量のよい上品な娘に声をかけられる。招かれて裏長屋へ行くと、その父親(千代田卜斎)から、屑の他に仏像を200文で引き取ってもらいたいと頼まれる。目利きに自信がないと清兵衛は断るが、「昼は素読の指南、夜は売卜をするも、長雨続きで商売ができず、加え病気の薬代として金がいるため、引き取ってもらいたい」と切願される。清兵衛は200文で引き取り、それ以上で売れた場合は、儲けの半分を持ってくると約束する。
仏像を籠に入れ、街を流し歩いていると、目黒白金の細川屋敷の長屋下を通りかかったところで、「おい屑屋」と若い勤番(高木佐久左衛門)に声をかけられる。「カラカラと音がするから、腹籠(ごも)りの仏像だ。縁起が良い」と言い、その仏像を300文で買い上げる。
高木が仏像を一生懸命磨いていると、台座の下の紙が破れ、中から50両もの小判が出てくる。中間は運がよいと喜ぶが、高木は「仏像は買ったが、中の50両まで買った覚えはない。仏像を売るくらいであるから暮らし向きも逼迫しておられよう。元の持ち主に返したい。」と言う。しかし元の持ち主が分からない。そのため、この仏像を売った屑屋を探すために、翌日から長屋下を通る屑屋に声をかけ、顔を改めていく。
屑屋達の間で、高木の顔改めが話題となる。「父親の敵捜し」とまで噂が飛び交う。そこへ清兵衛が現れて、仏像を売ったことを話す。すると、「仏像を磨いていたら首が折れてしまった。縁起でもない、これを身共に売った屑屋も同じ目に遭わせてやる。」と、おまえを捜して居るんじゃないかと脅されてしまう。
清兵衛は、細川屋敷の長屋下は静かに通ろうと気をつけるが、商売癖でつい「屑ぃ~」と声を出して捕まってしまう。首を切られるかと怯えた清兵衛だったが、高木から事の真相を聞き、千代田の元へ50両を持っていく。
千代田は50両を前にして、「仏像を売ってしまったのだから、中から何が出てきても、私のものではない」と受け取らない。清兵衛は、「この50両があれば、お嬢様にもっとよい着物を着させることもできる」と言うが、刀に代えても受け取らないと突っ返されてしまう。
清兵衛は高木へ50両を持って帰るが、こちらでも受け取るわけにはいかないと突っ返され、困り果ててしまう。裏長屋の家主が仲介役に入り、「千代田様へ20両、高木様へ20両、苦労した清兵衛へ10両でどうだろう」と提案する。しかし、千代田はこれを断り受け取らない。「20両の形に何か高木様へ渡したらどうだろうか」という提案を受け、毎日使っていた汚い茶碗を形として、20両を受け取る。
この美談が細川家で話題になり、高木が細川様へ目通りを許され、茶碗も見てみたいと言われる。汚いままでは良くないと、茶碗を一生懸命磨き、細川様へ差し出した。すると、側に仕えていた目利き[注釈 2]が「青井戸の茶碗」という逸品だと鑑定する。細川様はその茶碗を300両で買い上げた。
高木は300両を前にして、もらうべき金ではないと困ってしまう。「このまま千代田様へ返しても絶対に受け取らないであろうから、半分の150両を届けて欲しい」と清兵衛に頼む。しかし清兵衛は「50両で斬られかかったのだから、150両も持っていったら大砲で撃たれてしまう」と断る。しかし高木に切願され、しぶしぶ千代田に150両を持っていく。千代田はまたも受け取るわけにはいかないと断るが、困り果てた清兵衛を見て、「今までのいきさつで高木様がどのような方かはよく分かっておる。...娘は貧しくとも女一通りの事は仕込んである。この娘を嫁にめとって下さるのであれば、支度金として受け取る」と言う。
清兵衛は高木の元へ帰り経緯を伝えると、千代田氏の娘であればまずまちがいはないだろうと、嫁にもらうことを決める。そこで清兵衛が、「今は裏長屋で粗末ななりをしているが、こちらへ連れてきて一生懸命磨けば、見違えるようにおなりですよ」
「いや、磨くのはよそう、また小判が出るといけない」
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 9月10日(日)11時03分37秒
  ネットでは批判の声があふれているが、猪木氏は北朝鮮出身の力道山とともに、かの国の記念切手になったこともあるほど人気のある人物だ。むしろ、果敢に相手の懐に飛び込むやり方が、戦争回避に役立つかもしれない。(ノンフィクションライター 窪田順生)
オヤジギャグを言い放って訪朝へアントニオ猪木氏は愚か者か?
「包丁1本さらしに巻いて旅へ出る…という歌でしたが、32回目の訪朝をして参ります」――。
 参議院外交防衛委員会でそんなオヤジギャグを披露して、信じられないほどスベっていたアントニオ猪木氏が昨日、北朝鮮へ渡った。
 9月9日の建国記念日にまたミサイルを飛ばすのでは、という憶測が広がっている中での訪朝に、ネット上では「せっかく国際社会で圧力をかけようと呼びかけているのに足並みを乱すようなことをするな」とか「こんな時期に行ったら北朝鮮の思うように利用されてしまうのでは」というような批判的な声があふれている。
 たしかに、これまでも北朝鮮は日米韓が連携して圧力をかけると、個々の国に対話路線をちらつかせるという「分断工作」をおこなってきた。挑発から対話姿勢を見せて、圧力をかわしたい北朝鮮からすれば、32回もやってきている「親朝派」である猪木氏は利用価値が高いのは言うまでもない。
 菅義偉官房長官が「全ての国民に北朝鮮への渡航の自粛を要請している。この政府の方針を踏まえ、適切に対応すべきだ」と訪朝を見送るように求めたにもかかわらず、聞く耳を持たない猪木氏に対しては「政治家失格だ」というような厳しいバッシングも聞こえてくる。
 そのような意見はわからないでもないが、個人的には猪木氏の「訪朝」は言われているほど愚かな行為とは思えない。むしろ、一触即発という緊張関係が高まっている今だからこそ、猪木氏のような「北朝鮮と友好関係を築こう」という人の出番だと期待している。
湾岸戦争では日本人人質の救出も!プロレス外交の功績の数々
 若い人からすると、「元気ですかぁ!」と叫んでビンタをするおじさんのイメージが強いだろうが、実は猪木氏はプロレスラーとして世界的名声がある。それを生かして、普通の政治家がパイプをつくることさえできぬ国に乗り込んで「対話」をするという、「闘魂外交」をおこなってきた実績があるのだ。
 たとえば、昨年亡くなったキューバのフィデル・カストロ前議長と猪木氏は、1990年に会談をして以来交流を続けた。最初の会談時は、西側諸国の政治家と会うのは8年ぶりということで世界的にも大きなニュースとなった。
 昭和天皇が崩御した際、キューバは1週間、半旗を掲げ続けたという。日本は、キューバにとって敵対するアメリカの同盟国。かつ、遠い異国であるにもかかわらず、ここまで親しみを持ってくれたのは、政治家・アントニオ猪木の影響も少なからずあったことは言うでもない。
 湾岸戦争時は、イラクで日本人46人が人質となったのだが、その際にサダム・フセイン大統領(当時)と交渉をして、彼らを全員救出したのは外務省でも時の政府でもなく、猪木氏だった。
 なぜそんなことができたのかというと、猪木氏がイスラム世界では、日本人が想像している以上に人気があるからだ。
 イスラムの英雄、モハメド・アリと引き分けたということはもちろん、アクラム・ペールワンというパキスタンの国民的人気を誇る格闘家を「セメントマッチ」で倒したことも大きい。これをきっかけに猪木氏はパキスタン国王に祝福され、後に「猪木記念日」までつくられたのだ。
猪木氏イベントの視聴率は95%!?北朝鮮でも絶大な人気を誇る
 猪木人気は北朝鮮でも同様だ。北朝鮮が誇る故国のスター・力道山の愛弟子ということで猪木氏の好感度は高く、1995年には力道山とともに、記念切手になった。本当かどうか確かめようがないが、当時放送された猪木氏のプロレスイベント「平和の祭典」は、あちらでは視聴率95%だったという。
 そんなスターを、北朝鮮も手厚くもてなす。処刑された張成沢氏や、金永日氏など、トップクラスの人物が猪木氏と会食をしてきた。その人脈は各国も注目し、95年には韓国政府が対北コメ支援のメッセージを猪木氏に託したこともある。
 だが、猪木氏は、日本ではかなり冷ややかに見られているようだ。ご本人は、こう語っている。
「訪朝するたびに、外国の政府関係者から問い合わせがありますが、残念ながら日本政府からは何の接触もありません」(週刊朝日2014年1月31日)
 政治討論番組に出演して国家天下を論じたり、選挙区の駅前で「対話ガー」「圧力ガー」と喉を枯らしたりというのも議員の立派な仕事かもしれないが、猪木氏のように、とにかく相手の懐に飛び込んで対話をしてくる、という議員がいてもいいのではないか。
 ただ、このような「実績」もさることながら、筆者がこのタイミングでの猪木氏の「訪朝」に期待する最大の理由は、これまでよりも明らかに「バッシング」が増えてきているからだ。
 歴史を振り返ると、国全体が「戦争」という国威発揚イベントで興奮状態になっている時というのは、国民からバッシングされるくらいの行動をしている人の方が、実は戦争回避のために尽力をしている、というケースが圧倒的に多い。
戦前、愛国マスコミに叩かれても戦争回避に動いた朝河貫一
 たとえば、戦前の日本で初めてイェール大学の教授となった朝河貫一という歴史学者がいる。
 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)の報告書に名前が出て一躍、注目を集めた人物なのでご存じの方も多いと思うが、日米開戦直前に、ルーズベルト米大統領から昭和天皇へ親書を送らせようと、当時の日本政府とは関係なく個人で奔走した人物である。
 自ら草案を書いて、友人で、ワシントンに顔がきくハーバード大学美術館のウォーナー東洋部長に託した。結局、朝河の草案がそのまま採用されることはなかったが、ルーズベルトは親書を天皇に送った。しかし、時すでに遅しで、届いたのは真珠湾攻撃の直前だった。
 そんな朝河を「朝日新聞」では「祖国が平和を諦めた中で、朝河は1人闘う」(2015年4月2日)なんて調子で、戦争回避のために単身働きかけたヒーローのように扱っているが、実は戦前は朝河を敵国のスパイのように扱っていた。
 日露戦争で勝利した日本では、ロシアからバンバン賠償金を取れ、朝鮮半島の権益をぶんどるべきだという世論があふれ返っていたが、朝河は、「日本は金や領土のためではなく、アジア解放という大義のために戦ったのだから、そんなものを要求してはならない」と説いてまわった。
 それを当時は「愛国マスコミ」の急先鋒だった「大阪朝日新聞」(1905年10月30日)が、いけすかない奴だとディスっている。横浜市立大学の矢吹晋名誉教授があるセミナーで、そのあたりの「悪口」の説明をされているので、引用させていただこう。
《「朝河貫一と呼べる人なり、此の人イェール大学を卒業し、目下、米国某学校に於いて東洋政治部の講師として聘せられ居るものなり。名刺にはドクトル及び教諭と記し、日本人に語るにも日本語を用いず、必ず英語を以てす。此の人、ポーツマスに来たり、日々ホテル・ウェントウォースに在りて、多くの白人に接し、頻りに平和條約の條件に就て説明をなしつつあり。英文にて記せる朝河貫一なる文字とその肩書きの立派なるよりほかは知らざる白人は…」との書き出しで、学校の講師で安月給のくせに、1日に5ドルのホテル代を払って、ここにいるのははなはだ疑わしい、誰の回し者だという書き方です》(日本海海戦100周年記念歴史セミナー「世界を変えた日露戦争」より 2005年5月28日)
 猪木氏が訪朝するたびに、「北朝鮮の手先か」とか「北朝鮮に媚びを売っている」といたるところでディスられているのと、ほとんど変わらないのではないだろうか。
猪木氏が批判されても訪朝を繰り返す理由
 猪木氏は、批判されても訪朝を繰り返す理由をこのように述べている。
「おれが言いたいのは、ドアを閉め切る外交というのが世界中どこにあるのかということです。話し合いもしないで、どうして解決するんですか(中略)制裁をかけたら『ごめんなさい』と言うほど、相手は甘くない」(週刊朝日2010年11月12日)
 もちろん、北朝鮮の核を認めてまずは話し合おうなんてのは論外だ。政府は強硬な姿勢をとるべきで、もし猪木氏が閣僚であれば、勝手なスタンドプレーは許されることではない。しかし、幸いというか、猪木氏は無所属議員に過ぎない。これまで長い時間をかけて培ってきた北朝鮮との信頼関係もある。そんな猪木ルートまで断絶して、話し合いの道をすべて閉ざすことで、この問題を解決できるとは思えない。
「朝日新聞」にディスられた朝河はくじけることなく、「反省ある愛国心」を説き続けた。
 中国大陸で権益を拡大する日本を批判。当初の志である清帝国の独立や領土保全、列国民の機会均等のために、さっさと中国から撤退すべきだと訴えた。そんな国益に反することを唱える人物が、日本に圧力をかける米国の大統領に働きかけ、畏れ多くも天皇へ親書を送ろうと奔走する。その時代の「愛国者」たちからすれば、大ヒンシュクもののスタンドプレーだったことは言うまでもない。
「アメリカの回し者」だと白い目で見られていた朝河が、70年経ってガラッと変わって英雄とされているように、猪木氏の訪朝もいつか評価される時代がくるのではないか。
 

(無題)

 投稿者:w  投稿日:2017年 7月23日(日)10時30分11秒
  石井紘基という政治家をご存知だろうか?旧民主党に所属していた衆議院議員だが、2002年10月25日に自宅前で暴漢に刺殺された。彼は「国会の爆弾発言男」と呼ばれ、政府の財政・会計に関する不正を追求し続けた。そして「特別会計」というからくりに、国民の資産を闇にばらまく不正なシステムがあることを突き止め、その核心部分を国会で暴露しようとした、まさに直前に殺されたのだ。

その石井紘基の残した遺産を、東大の東洋文化研究所教授の安冨歩氏が講義で語った動画がある。とても注目すべき内容なので、今回はそれを紹介したい。安富教授は故・石井紘基議員が残した遺産を整理し、今の世の中で「なぜこんな理不尽なことがまかり通るのか?」という疑問に光を当てる。

それは例えばこんなことだ…

なぜ福島原発事故という悲劇を経ても、原発は止まらないのか?
なぜ「低予算のエコ・オリンピック」だったはずの東京オリンピックの予算は、かくも膨大に膨れ上がるのか?
官僚の天下りが様々な弊害を生んでいることが叫ばれて久しいのに、なぜそれがなくならないのか?
安倍政権は国内の福祉は削りに削っているのに、なぜ何十兆円ものカネを海外にばら撒けるのか?
なぜ一度決まった公共事業は、もうそれが役に立たないことがわかっていても止めることが出来ないのか?

この動画の内容を理解すれば、これらの疑問に対する「なるほど!」と思える「回答」が得られるだろう。今こそ石井紘基の残した遺産をもう一度振り返り、検証するべきではないだろうか?

時間のない方のために内容の要旨をテキストで書き出したが、できれば動画を全編見て欲しい。動画の中には石井議員の忘れ形見、娘のターニャさんも登場する。

【内容要旨】

殺された石井紘基議員は、「日本の財政のお金がどこに流れているのか」ということを調べていた。そのことを調べた人は他にいない。その石井議員が宮沢財務相(当時)に国会で「日本の財政の総額はいくらか?」と聞いたことがあるが、事前に質問を提出していたにも関わらず、答えられなかった。日本の財政はあまりにも複雑怪奇になっていて、財務大臣ですら総額が分からないという状態だった。

石井議員が明らかにしたことは「一般会計は見せかけで、日本の財政の大半は特別会計に流れている」ということ。特別会計とは、税収以外の財源による、一般会計とは別の財布のこと。政府の巨大な事業は殆ど特別会計でやっている。一般会計では予算を削って削って、慎ましくやっていても、特別会計では何十兆円というカネが流れていたりする。

石井紘基議員の調べでは、かつての高速道路公団(現NEXCO)には、特別会計から18兆円、住宅公団には32兆円のカネが流れていた。住宅公団(特殊法人)の下には三千社ぐらい子会社があり、この32兆円を出資している。更に孫会社もたくさんあり、これらはほぼ民間企業になるので、政府に何も報告しなくていい(会計検査院のチェックが入らない)のだが、流れているカネは特別会計からの政府のカネ。

なんで特殊法人の下に三千社も子会社があるのかというと、天下り先の確保のため。つまり、この三千社の子会社は、特殊法人からの天下りが経営していて、特殊法人から降りてきたのカネから利益を抜いて、仕事は民間の会社に丸投げする…それだけのためにある。つまり、ピンハネ子会社が三千社ある。

こうしたことを調べ続けていて、石井紘基氏はある日自宅前で暗殺された。もし民主党に政権交代した時に石井議員がいたらどうなっていただろうか?石井議員は「日本のGDPのうち、6割はこうした形で吸い取られていて、まともな経済は4割しかない。これで国が保つわけはない」と言っていた。

特別会計の財源は、借金以外では我々の生活に必要な公共料金など(電気代、ガス代…etc.)に乗っかっている。そしてこういう形でカネがどんどん中抜されていくので、例えば原発の実際の建設費などは、元の特別会計から出たカネの1/10ぐらいしか残らない。こうしたことは直接我々の健康や命に関わってくる。

しかし、このシステムは今は完全に破綻している。国の借金が色んな形で総額2000兆円ぐらいになってるから。…こうした問題をなくすのは実は単純で、特別会計をなくし、特殊法人を全て潰せばいい。しかし、日本社会の全てはこのシステムの中に取り込まれている。皆さん(学生)が大学に通えるのも、このシステムのおこぼれが回っていってるから。このシステムを潰すのが難しいのは、全国民が多少はこのシステムの恩恵を受けているから。だから止めることが難しくなっている。

民主党政権になった時に、多少はこのシステムを止める方向に政策がとられた。すると、全国民が少しずつ困る。だから「大いに困るシステムの中枢にいる人」が、まず政権交代の前に小沢氏がスキャンダルをでっち上げて失脚させた。(結局は無罪)鳩山さんはアメリカの基地の問題で失脚。結局このシステムが止まるとみんなが困るから、自民党に戻すことになった。しかし、一度止めようとしたことで状況は悪化し、今は大変な状態になっている。

バブルが崩壊するまではこのシステムは順調に動いていた。しかし崩壊後機能しなくなったのに、システムだけが残り、借金が積み上がっていくという状態が25年ほど続いている。

今、このシステムの崩壊を必死で食い止めようとしているが、実際には「すでに崩壊していることを必死で隠蔽している」と言った方がいいだろう。石井議員は「そんなことをしていては問題の先送りで、ソフト・ランディングできなくなる。早めに別のシステムに切り替えた方がいい」と主張したわけだが、結果的に殺されてしまった。

システムはいつか崩壊する。そのための備えは、「システムに依存しないで生きる」ことだと思う。皆さん(東大生)はシステムの中枢に入る資格がある人で、その流れに乗れば高い給料や、それなりの社会的地位が手に入ると思う。システムの中枢の中にいながら、システムの流れとは違うことをやろうすると、ものすごい抵抗、軋轢が生じるだろう。そのためにはものすごい勇気と、知恵と、自分を支えてくれる人が必要。石井紘基議員はたったひとりで、徒手空拳でそれをやったわけだが、もし10人が同じようにやったら、大きな力になるだろう。
 

(無題)

 投稿者:w  投稿日:2017年 7月22日(土)09時34分53秒
  全国及び海外の皆様、こんにちは。aquaです。

 入道雲がわき、太陽が輝く季節になりました。皆様におかれましては、いかが
お過ごしでしょうか。


      『遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す』


 という二宮尊徳の名言があります。そして、次のように続きます。


 『それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う。まして春蒔きて秋実るもの
においておや。故に裕福なり。近きをはかる者は、春植えて秋みのるものをもな
お遠しとして植えず、ただ眼前の利に迷うて蒔かずして取り、植えずして刈り取
ることのみ眼をつく・・・富と貧とは、もと遠くへだつるものにあらず。ただ初
めに少し隔てあり。このわかれ目においてよくよく思案を行えば何人も裕福成就』


 近くをはかる、すなわち目先の「利」ばかり追っていますと必ず貧すことにな
るという訳ですが、この名言はそのまま株式投資にも通じ、やはり、遠き(中長
期)をはかって種蒔き(投資)する必要があります。


 「買ったらすぐに上がって欲しい」、或いは「毎日上がって行って欲しい」と
願うの人情ですが、しかしながらそうはならないのが相場であり、その上下の揺
さぶりは投資する人の心さえ大きく揺り動かします。昨日の上昇に喜び、今日の
下落に落胆、明日の続落に意気消沈、明後日の急騰に狂喜乱舞といった具合です



 他では味わえないような、そうした心に彩(いろどり)を与えてくれるのが株
式投資の面白さであり、株式投資をする上ではそれぐらいの心の余裕を持ちたい
ものです。


 とは申しましても、大きく下がれば余裕がなくなる訳で、そのためにも健全な
銘柄選びと『いのち金には手を付けるな』、これが大事になります。


 さて、足元では日経平均株価が2万円の大台乗せまで上昇してきていますが、
それでも巷では多くの方が株式投資で上手く行ってないようです。


 そこで、本日は改めて自らの株式投資を見直す上で必要な【aquaの株式投
資 勝利の法則十一ヶ条!】をご紹介させて頂きます。


 これを実行するだけでも投資パフォーマンスは大幅に改善するはずです。


   ☆ aquaの株式投資 勝利の法則 十一ヶ条! ☆


一.『相場は悲観の中に生まれ、懐疑の中で育ち、
        楽観とともに成熟し、幸福感とともに消えてゆく』

 誰もが良いという銘柄が、儲かる銘柄とは限りません。そうした銘柄は、既に
 高値圏にあるものが多く、買ったところが大天井の高値掴みになることが多い
 のです。誰もが、見向きもしない時こそ安く買える絶好のチャンスであり、高
 い確率でうまく行きます。

二.『いのち金には手を付けるな』

 ゆとりを持っての投資に心がけましょう。株式投資には必ず値下がりリスクが
 伴ないます。生活資金や教育資金には手を付けてはならず、余裕のない状態で
 は冷静な判断が出来なくなってしまいます。余裕資金で株式投資を行うのが大
 原則です。

三.『さんまのアタマとシッポはくれてやれ』

 アタマからシッポまで食べると毒が回るといいます。決して欲張りすぎてはい
 けません。大底で買って大天井を売るというのは、プロであっても100%無
 理です。仮にそうなったとしたら、それは偶然です。底値ゾーン、高値ゾーン
 といったゾーンで考えるのが、良い結果をもたらします。また、時には「損切
 る」勇気も必要であり、多少の損は勉強にもなり、次回に取り返しが効きます。

四.『農耕型投資と狩猟型投資の区別をはっきりする』

 株式投資には2種類あります。1つは狩猟型投資。これは、名前のごとく動き
 回る株式市場のターゲットを追いかけて短期間のうちに何回も売り買いをする
 投資法です。そして、もう一つは農耕型株式投資。これは、種を蒔くことから
 始めて、じっくり果実が実った頃を見計らって刈り取る投資法です。これを中
 長期投資と言います。個々のスタンスによりこの区別が付いていないと、うま
 くいきません。

五.『リスクについて知る』

 リスクとは、単純に直訳すれば「危険」という意味ですが、株式投資において
 使われる意味はちょっと違います。ウォーレン・バフェットはこの意味を「リ
 スクとは、自分が何をやっているかよくわからないときに起こるものです。」
 と言っています。逆に言えば、最近、投資信託や仕組み債など複雑な金融商品
 が多く出まわっていますが、こういった商品を理解せずに買うと大きなリスク
 にあうということです。きちっと商品を理解することがリスクを小さくする秘
 訣です。理解できない商品は勧められても、「ノー」と言いましょう。

六.『天は自ら助くる者を助く』

 勉強すれば儲かる確率も必ず高くなります。予備知識や事前分析があるに越し
 たことがなく、分かる範囲内から少しずつ勉強して、自分なりのマーケット見
 通しを養いましょう。ただし、相場はまれに理屈では説明がつかない動きをす
 ることがありますので、そのことも頭の片隅に入れておきましょう。

七.『漁師は潮を見る』

 相場の大きな流れ、トレンドを見極めましょう。自分の投資スタンス(どの程
 度の利幅、投資期間、投資金額等)に合った銘柄選択に心掛け、ツキのないと
 きは無理をしてはいけません。相場の世界にも、少なからず運・不運があり、
 ツキがないと思ったら、無理をせずチャンスを待つのも大事です。

八.『筋の耳打ちは信頼するな』

 根拠のない、きな臭い情報に惑わされないようにしましょう。マーケットには
 根拠のない怪情報をもとに売買をする人達(仕手筋)が存在します。こういっ
 た情報に乗って成功した例はありません。王道を行きましょう。

九.『買うべし、売るべし、休むべし』

 時には売買をいったん止め、相場を客観的に眺めることも必要です。売り買い
 を頻繁に行っても、必ずしも儲かるわけではありません。小さな動きに目を奪
 われ、大きな動きを見落とす危険性があります。

十.『株式投資はロマン』

 株式投資は、博打やギャンブルではなく、健全な資産形成になくてはならない
 ものです。高い志とロマンを持って取り組めば、資産が何倍、何十倍となる可
 能性を秘めています。また、ものの見方、考え方が豊富になり自己の向上に繋
 がります。

十一.『aquaスペシャル版(有料版)を投資の指針として利用する』

 かの孫子曰く、明君賢将が戦えば必ず敵を破ってはなばなしい成功を収めるの
 は、相手に先んじて情報をさぐり出すからである。しかもかれらは、神に祈っ
 たり、経験に頼ったり、星を占ったりして情報をさぐり出すわけではない。あ
 くまで人間を使ってさぐり出すのである。また孫子曰く、百金をおしみて情を
 知らざるものは不仁の至りなりと断言しています。


 尚、その十一で申し上げました通り、私aquaは本誌と併行しまして、より
皆様方のお役に立てる『スペシャル版』を発行しています。そのスペシャル版を
読んで頂いている人の中には、外資系・国内系証券会社の方々、都銀・生保の運
用担当者の方々、ベテラン個人投資家の方々、医師・議員・主婦・OL・・・と
いった方々等々、専門家からビギナーに至るまで幅広い層の方が全国・海外に数
多くいらっしゃいます。そして、大変好評を得ています。



 株式を持ってないお金持ちを見たことがないように、ゼロ金利のもとで、株式
を持たずに資産形成をするのはほとんど不可能です。確かな将来のために現在の
不確定を買うのが株式投資であり、健全な株式投資は本来的に資産が何倍、何十
倍と増える可能性を秘めています。ここに【株式投資はロマン】といわれる所以
があります。


 しかしながら、種を蒔かなければ、実も成りません。こうした好環境の中、せ
っかくのチャンスを迎えても、何を、どの銘柄を買ったらいいのか迷っていらっ
しゃる方も大変多いのではないかと思います。そうした方には有料メールマガジ
ン『スペシャル版』のご購読をおすすめします。


 料金は極めて安いです。6ヶ月コース(26回配信、毎週水曜日)で1万62
00円(税込み)であり、1000株で10円安く買って10円高く売ればペイ
できる金額です。これだけ安い投資情報料は他にはまずありません。「安い値段
で皆様のお役に立ちたい」、この気持ちを長年に渡って貫かせて頂いています。


 『ただ単に銘柄だけではなく、何故その銘柄なのかのプロセス、物事の見方・
考え方、さらに売買の重要ポイント、テクニカル(技術)面まで数多くの点で必
ずやお役に立てると確信しています』
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 7月16日(日)11時55分23秒
  国民的スポーツ」と称されるプロ野球。だからこそ、球界で起こった事件の中には、未だに多くの人々の記憶に強く刻まれているものも多い。今回は「大事件」の裏側を、当時を知る人々の証言を元に明らかにする。
 遺恨の発端は1973年、開幕前の両軍による、外国人選手・ラフィーバーの獲得争いだった。結果ロッテが獲得し、太平洋クラブはビュフォードを獲るが、このあたりから両軍の間に不穏な空気が流れ始める。
?
 そして5月、川崎球場で事件が起きた。当時のロッテ監督・金田正一氏の話。
?「ロッテの大量リードに怒った三塁側(太平洋)のファンが、球場の椅子を折って、プラスチック片をブーメランみたいに選手に向けて飛ばしよるんだ。危ないなんてもんじゃないぞ」
? 他にもビンや空き缶まで飛んでくる。たまらずロッテ野手陣はヘルメットを被って守備につき、三塁手・有藤通世は妨害を避けるため遊撃寄りに守った。だが太平洋側はファンを抑えようともせず、それどころか誰もいない三塁前へセーフティバント。さすがにカネやんがキレた。
?「コラァ、サイ(太平洋・稲尾和久監督の愛称)! このどん百姓!」
? この発言に太平洋側が、「金田監督から“田舎者でマナーを知らない”といわれた。厳重に抗議する」
? と発言したことで、さらに九州のファンを刺激して、遺恨は決定的となった。その後はまさに一触即発。…
福岡・平和台球場では、試合後に球場が太平洋ファンに囲まれて、ロッテ選手が何時間も軟禁される。結果、機動隊が出動して護送車で脱出した。こんなことが合計2度もあった。
? 1974年にはついに“開戦”。ホームでのクロスプレーを巡ってカネやんとビュフォードが激突し、両軍入り乱れて大乱闘に発展。その時撮られた、ビュフォードがカネやんを押し倒した写真がポスターになり、「今日も博多に血の雨が降る!」というキャッチコピーが、西鉄の各駅を飾った。
? ただ、この遺恨は作られたものだった。背景にあったのは太平洋球団の経営難。前身・西鉄は、1969年の黒い霧事件以降客足が途絶え、1973年に身売り。しかし不入りは変わらず、困窮を極めていた。
?「太平洋の球団代表が、“給料を出すための現金がない。営業のために遺恨試合にさせてもらえないか”といってきた。ワシは盛り上げるためと思って快諾して、煽ったんだ。おかげで閑古鳥の鳴いていたスタンドに、怒ったファンが押し寄せ、大成功だった。
? ただ、選手やファンは事情を知らないからね。ベンチの上を見ると、ワシにひっかけるためにイチモツを出してコップに小便を溜めて、待ち構えている奴らがいるんだ。ワシは砂をぶっかけて対抗してやったよ。いやァ、無茶苦茶だったな」
? カネやんは昔を懐かしむ(?)ように笑った。
※週刊ポスト2013年2月15・22日号
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 7月 7日(金)14時57分54秒
  7月4日(火) 第78回 オンエアリスト


M1. R.S.B.D / 黒田卓也

M2. Destiny loop (feat.Marcus Miller) / MISIA

M3. Cill My Landlord / 大林武司トリオ

M4. IF / Corey King


〈Special Session〉

M5. Good Day Bad Habit / 黒田卓也
Tp. 黒田卓也、Pf. 大林武司
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 7月 7日(金)14時53分28秒
  Poll of The Month:Wind Song 特集 ―

01. Dance / Erica Falls

02. Blowin' In The Wind / O.V. Wright

03. Anyway The Wind Blows / Syl Johnson

04. Windy City Soul / The Dells

05. Trying To Watch The Wind / Eugene Record

06. I've Got My Second Wind / Al Johnson

07. Windsong / The Soul Searchers

08. Whisper In The Wind / Betty Wright And The Roots feat. Joss Stone

09. Leaf In The Wind / Latif

10. (Love Lives On A) Windy Hill / The Futures
 

(無題)

 投稿者:1  投稿日:2017年 7月 7日(金)14時36分48秒
  菜根譚

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菜根譚(さいこんたん)は、中国の古典の一。前集222条、後集135条からなる中国明代末期のものであり、主として前集は人の交わりを説き、後集では自然と閑居の楽しみを説いた書物である。別名「処世修養篇」(孫鏘(そん しょう)の説)。洪自誠(洪応明、還初道人)による随筆集。
その内容は、通俗的な処世訓を、三教一致の立場から説く思想書である。中国ではあまり重んじられず、かえって日本の加賀藩儒者、林蓀坡(はやし そんぱ、1781年-1836年)によって文化5年(1822年)に刊行(2巻、訓点本)され、禅僧の間などで盛んに愛読され、仏典に準ずる扱いも受けてきた。また実業家や政治家などにも愛読されてきた。尊経閣文庫に明本が所蔵されている。
菜根譚という書名は、朱熹の撰した「小学」の善行第六の末尾に、「汪信民、嘗(か)って人は常に菜根を咬み得ば、則(すなわ)ち百事做(な)すべし、と言う。胡康侯はこれを聞き、節を撃(う)ちて嘆賞せり」という汪信民の語に基づくとされる(菜根は堅くて筋が多い。これをかみしめてこそものの真の味わいがわかる)。
「恩裡には、由来害を生ず。故に快意の時は、須(すべか)らく早く頭(こうべ)を回(めぐ)らすべし。敗後には、或いは反(かえ)りて功を成す。故に払心の処(ところ)は、便(たやす)くは手を放つこと莫(なか)れ(前集10)」(失敗や逆境は順境のときにこそ芽生え始める。物事がうまくいっているときこそ、先々の災難や失敗に注意することだ。成功、勝利は逆境から始まるものだ。物事が思い通りにいかないときも決して自分から投げやりになってはならない)などの人生の指南書ともいえる名言が多い。
 

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